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「コミュニティサイトのあるべき姿」
国際大学講師 庄司昌彦氏インタビュー

カテゴリー: 情報モラル・リテラシー教育 / 各地の取り組み(ケータイ所持規制) / インターネットの安心・安全をめぐる動き

必要なのはオバサン的コミュニケーション力

かつて地域SNSを運営していた経験をお持ちの庄司昌彦氏、コミュニティサイトに必要なのは「おばさん的コミュニケーション」だと言う、コミュニティサイトを考えるのは、メンバーそれぞれが社会の中でどう人間関係を作っていくのか考えることでもある。そこから見えるコミュニティサイトの在り方とは?

庄司昌彦(しょうじまさひこ)氏
国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師/主任研究員。1976年、東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。おもな関心は情報社会学、政策過程論、電子政府・自治体、地域情報化、ネットコミュニティなど。
2003年~2008年、オンライン政策誌『政策空間』の副編集長。2006年~2009年、実践女子大学非常勤講師。2010年~、中央大学非常勤講師。内閣官房IT戦略本部 電子行政タスクフォース構成員、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)理事、NPO法人政策過程研究機構理事、国立民族学博物館共同研究員なども務めている。
共著に『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』(2007年、アスキー)、『クリエイティブ・シティ 新コンテンツ産業の創出』(2007年、NTT出版)、『情報アクセシビリティ やさしい情報社会へ向けて』(2005年、NTT出版)、『コミュニティ eデモクラシーシリーズ第3巻』(2005年、日本経済評論社)など。

一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)の理事も務めていらっしゃる庄司さんは地域社会とネットコミュニティのあり方について研究されています。これまでの視点とは異なる立場からコミュニティサイトの運営についてお話し頂きました。これからのコミュニティサイトのあり方について、たくさんの示唆が含まれるインタビューとなりました。どうぞお読みになってみてください。

—今までの議論をご覧になってどういう事を考えられたかというのをお聞きしたいのですが?

子どもとの関係に限らず、地域社会とネットコミュニティを見てきたという立ち位置からお話しようと思います。

研究者としての私自身の関心は、ネットやケータイが出てきたことによって、良い悪いはともかく人間関係がどう変わってきたかという点にあります。子どもは、身近な他者との関わりの中で大人になっていきますから、物理的に接する機会の多い地域社会の人との関係は子どもにとって重要なテーマだということになりますね。このように地域との接点の中でネットコミュニケーションを考えていくと、今、人間関係というものがどう変わっているかというのが分かると思います。そこがもっと論点として浮かんでくると良いなと思っています。

—規制についてはどうお考えですか?

基本的には、コミュニケーションを通じて、人がいろんな経験を積んだり、機会を得たりする「光」の側面にとても期待しています。ネットの中でも自由は多い方が良いと思っています。そして実際に、どういうルールを作っていくのかということに関しては、これは現場現場で状況や事情、環境が違うので、地域社会ごとにルールがあって良いと思っています。もちろん私の嫌いなルールを作るところもあるでしょうが、その地域の現状にあった結論を出すとすれば、それは地域の判断なので尊重すべきだと思うんですね。そうではなく、国というレベルでかなり細かいところまで一律にルールを決めていく、こうあるべきと決めていくというのは、特に子どもの育て方や社会との関わり方に関しては難しいと思うんですね。したがって青少年インターネット環境整備法が出た時の議論は、すごく大雑把だという印象を持っていました。

県レベルでも、都市部、繁華街と地方の子どもの生活は違います。それぞれの環境に応じてルールを自分たちでルールを作っていくということを考えると、県レベルの条例議論でも範囲が大きいかなとは感じますね。可能であれば、学校ごと、あるいは市町村ぐらいの規模で、子ども達の生活圏の事情を踏まえてルールを作る方がいいと思います。

—ネットというのは地域を飛び越えますよね。このグローバル性と地域との兼ね合いについてはどうお考えでしょうか?

難しいところではあります。子どもを実際に誘い出して何か悪いことをするという犯罪はリアルの地域社会と結びついているので地域で取り組めますが、違法有害の情報は世界のどこにいても発信できますからね。

でもそれも、親や学校、あるいは子どもが所属している社会が子ども達をどう育てたいかにもよると思います。やはり、都会の子は多少、慣れているというか、ネットじゃなくても刺激的なものが町にあふれているし、逆にいろいろ学ばせておいた方がいい面もあるかもしれない。また、フィルタリングソフトを入れるかどうかも、親が子どもをどう育てたいかという考え方によると思うんですね。結局は、子ども一人一人に近いところでルールを作っていくというのが原則です。ツールは揃ってきていますし。

もちろん国が自発的な活動を応援したりとか、フィルタリングソフトの開発を応援するというのは良いんだと思うんですけれども、結論をどうするべきということに関しては、グローバルな課題でも現場の判断を尊重するべきじゃないでしょうか。

—大人が子どもの発達に応じて、より良き選択ができるかどうかということについてはどうお考えですか?

まず、最初に行う必要があるのは、先生や親といった大人がもっと、子どもがインターネットやモバイルを使っている場へ入っていくべきだということですね。新しい世界や異質なものに対して壁を作って逃げるのではなく、理解すべきです。

大人の社会に子どもを徐々に入れながらルールを教えるというのは、伝統的な地域社会に学ぶべきところがあると思います。どんどん背伸びをしていきたい子どもに機会を与えて、お祭り、風習などで大人はルールを教えた。

それに対してインターネットでは、ネットの中で大人が子どもとどう関わっていくのかということについて経験が溜まっていないというか、ほとんど論じられていない。どう声をかけるのか、どこまで許してあげるのか、そういうことをもっと考えていかなければいけないと思います。実際にいくつか、地域でやっている事例はありますが、大人も一緒になって遊んだり参加させたり、コミュニケーションしていく努力はもっとしていくべきでしょうね。

—神輿を一緒にかつぐところを見せたり、大人のそういう姿を見せることができますよね。ネットの場合、大人が介在しないというか、一緒に連れていって、大人の使い方を見せるということをしないような所がありますね。

そうですね。もちろん、大人は大人の社会というのがあるわけですが、一緒に何かをやろうという機会がネットにはほとんどないなと思います。

例えば、Twitterでもとんがった中学生が大人とコミュニケーションしていますよね。あれは相当、とんがった子ども達ですけど、そういう背伸びした生意気な発言がかわいいなと思って暖かい目でコメントしているのを見ると本当に限られた事例ですけれど、こういう関係をもっと作っていければなと思いますね。

—Twitterの可能性についてはどうお考えですか?

いろいろな人と繋がりやすいということでは、大人と子どもが関わる場としていいと思いますけど、全ての子どもに向いているかというと微妙ですね。今はまだ、規模が小さくて、子どももそう多くは入ってきてませんし、大人もリテラシーの高い人が多いのでまだ問題は少ないとは思います。

—SNSなんかは子どもが先行した感じがしますね?大人が良い空気を作っているTwitterは新しい局面かなと思いますね。

はい、Twitter上ではデマが流れたり、炎上したりもしますが、火消しも早いので今はまだいい状況にあると思います。デマや炎上といったことへのリテラシーがあれば、基本的には健全だとは思いますけど、瞬間的に非難のコメントが来た時に、時間軸をゆったり構えて場合によってはスルーするとか、そういうリテラシーがついていないとTwitterは、きつい場所でもあると思いますよ。

—コミュニティサイトはサイトによって機能が違うと全然、違いますよね。どういう環境で育てていくのか、大人側でできることはどういった事なのでしょうか?

Twitter から地域情報化の話に引き戻すと、千葉県松戸市の「ラブマツ」というユーザーが1000人ぐらいの地域SNSの事例ですが、運営会社の社長さんがご自身の小学生のお子さんを参加させていて非常に興味深い使い方をしています。子どもが「今日は運動会です」とか、日記を書くと地元のみなさんが「頑張って」とかたくさんコメントをつけてくれるんです。このSNSは顔写真も実名も公開しているSNSでオフ会も盛んなので、ここだったら安全だということでネットにデビューさせてあげたんだと思うんですね。大人はたくさんいるけれども相当安全性の高い場所で練習させてあげているということです。こういうのは良い事例です。

まずは柵とか壁で囲まれた公園でデビューして、もうちょっとしたら大きな空き地に行ってみようとか遠くまで自転車乗って行って良いよとか、行動範囲を広げていくというようなものですね。

—このSNSはその方が主催したもの?ここに自分のお子さんを入れていらっしゃるんですか?

そうです。他の子も何人かいるみたいですよ。

—地域のリアルなものを促進させるということもできますよね。現実と融合させることもできますね。

そうですね。似たような話だと、兵庫県伊丹市で高校と商店街が組んで商店街の活性化のお手伝いをしている事例があります。高校生にアイディア出しなどをさせているんですけれど、手伝ってもらうというよりは大人が教えなければいけないことがたくさんあって大変だと思います。リアルでも顔をあわせるし、リアルを補う意味でSNS上のコミュニケーションもとっているわけですが、この事例でも、地域の方々が子どもの成長をおせっかいにも見守っているというところがあります。こういう例はいくつかあります。

—大人が見守っていく本来のコミュニティの姿に近いですよね。子ども達が先行していくと荒野に野放しされていう姿になりますよね.

子どものリアルな行動範囲も広がっていって、いずれ渋谷や歌舞伎町にデビューするかもしれないですけどやはり、年齢に応じた段階があると思うんですよね。どうやって段階を踏んでいくのかという一連のストーリーや、公園の機能やルールを大人が考えて、それぞれの地域で作っていかなければいけない。リアルもバーチャルも一緒です。

—両方を指導する大人は増えていきますかね。

どうでしょうか。子どもを異質なもの、理解できないものとして捉えて臭いものにふたをしろという話になっている面もあると思います。足立区の公園で若者がタムロするから排除しろという事でモスキート音を流したりしたことがありましたが、何の解決にもなっていない。親以外の大人と子どもの関わりについても難しくなっていて、地域のネットコミュニティでも、変質者が出たという話題がよくあるんですが、大人の男性が昼間にちょっとだらしない姿で歩いていて子どもに声でもかけると変質者になってしまう可能性があるんですね。うっかり子どもと関われない。過剰に警戒していてよく理解もせずに排除しようとしてしまう。こういう考え方だといい環境は作れないと思います。

地域SNSは、2005年ぐらいからmixiやGREEに触発されて登場しました。またOpenPNEというオープンソースのSNSエンジンによって自分でSNSを立ち上げられるようになって、2006年ごろから急増しました。2010年2月の段階で約500カ所存在します。規模は平均すると7、 800人くらいです。中には1万人というものもあります。

ブログを作っても毎日のように続けられる人が少ないのと同じで、SNSも8割くらいはあまり活性化できていないんですけど。逆に言うと2割くらいはまあまあ使われていて、そのうちの30~50か所ではさっきお話したような興味深い取組みやリアルなイベントなどに結びついています。

—ネットの活用の良い面がアピールできない。良い事例について光が当たれば良いのかなと。

そうですね。飲み会を呼びかけたら100人近く集まって友達が増えたとか、地域SNSに関連したちょっと良い話っていうのは、本当にいっぱいあるんですよ。地方紙に取り上げられるくらいで全国区のニュースにはなかなかなりませんが。

そして取り上げられるとなると、地域SNSの大半がうまく行っていない、ということになってしまう。また、地域SNSは全国区でマーケットを見ている人からすると規模が小さいのでなかなか注目してもらえないんですね。やりようによって可能性はあると思うんですが。

—地域SNSでの管理は自発的な場合が多いんですか?

一番多いのは地元の企業が運営するものですね。IT企業が多いですし、新聞社がやることもあります。もちろん自治体がやっているものも2割程度ありますし、 NPOもあります。いずれにしろ小さいコミュニティなので、自分たちでルールを作るし、何か問題が起きれば、ユーザーが教えてくれたり、自分たちで解決したりとか、運営者とユーザーの距離が近い関係を保ちながら管理することが多いです。

—大きくなるとどうだということがあると思うんですけれど。大きいところの運営者とユーザーさんとの関係をどのようにお考えですか?

小規模のSNSでは運営者も数人と少ないので、運営者も色々な課題への対応が十分できなかったりするんですね。でもそういう弱さを見せることが、ユーザーからの助け船を誘発して、次第にユーザーの参加意識を高めていって、結果としていい雰囲気のコミュニティが形成されることがあるんですね。逆に、運営者が人格を消してユーザーをお客様扱いしてしまうと、両者の間には壁ができて、ユーザー側も要求型になっていきがちです。

大きなサイトでもたまにそういう顔が見える運営者がいますね。サイトの中で運営者とユーザー、あるいはユーザー同士がどれだけ「つながっている」という感覚を持てるかがコミュニティサイトでは重要な要素だろうと思います。

サイトが大きくなれば、知らない人が増えてきますよね。でも地域SNSだと、知り合いの知り合いの知り合い、つまり3ステップ先くらいまで収まっています。でもmixiは5ステップくらいまでです。5ステップだと相当遠いですよね。そうなると不安を感じるようになるし、実際に変な人もいるだろうということで個人の振る舞いとしても警戒心が強まりますね。だからmixiでは日記の公開範囲を知り合いに限定する人が多いですが、地域SNSでは全員に公開することが普通です。

—SNSの使い分けはできる?

できると思います。実際の社会を考えると、人は一つだけの社会に所属しているわけではないですよね。一つの社会で失敗したら人生全てがおしまいとなったらきついし、複数の社会に所属して色々な顔を使い分ける方が精神的な安定も保てると思うんですね。しかも最近は、ネットを使ってこれまでにない色々なコミュニティに参加する可能性も広がっています。そういうことを踏まえると、SNSも一つではなくて複数を使い分けたいと思うようになるのではないでしょうか。

子どもについても、できればいくつかのコミュニティに所属させていきたい、そうあるべきだと思うんですね。これももちろん段階を設けるべきですが、学校以外のコミュニティに所属していく、子どもだけではないところに参加していく、そういう機会の提供とコントロールはネットが支援できることでしょう。

—私達は大人になってからインターネットに接して、社会に対しての活用性を模索していた訳ですが、生まれた時からネットに触れていた中学生、高校生の可能性がどこまで広がるとお考えですか?

最近、中国に行って、政府の規制をかいくぐってTwitterで世界とつながろうとしている人達の話を聞きました。世界に伝えたいことは英語でTweetして広まりやすくするとか、世界の人に見てもらうことをすごく意識してやっているんです。彼らはインターネットで新しい可能性を手に入れたわけです。

それから、Appleの新製品発表があった時にUSTREAMでスティーブ・ジョブズの英語のプレゼンを解説してくれる中学生か高校生の子がいたんですが、彼はインターネットがあることで世界とつながり、しかもApple製品好きという同好のコミュニティでは年齢に関係なく大人と交流していました。ネットの技術やサービスによって彼の世界は広がっているわけです。人にもよりますが、こういう新しい可能性をどんどん活かしてほしいですね。

—コミュニティサイトの運営者の立場を社会全体で考えていく必要があるかと思うんですがいかがお考えですか?

地域のコミュニティサイトを見ていると、ユーザーというかそのコミュニティにいる人達のリアルな人間関係や生活、つまり社会全体のことにまで想像を広げることも必要だと感じます。

例えば地域活性化の取組みに参加してくるのは元気な人たちばかりで、全員ではない。そこにいない人達にまで情報を伝えるためにはどうすれば良いかということを考えなければいけない。SNSを使った子育て支援に関わった時も、元気なお母さんばかりが集まって、最も支援を必要とする人はSNSを使う余裕がないという発見がありました。それを踏まえて運営者はどうすればいいか、サイトにいる人がリアル社会でどういう人間関係を持っている人なのか、視野を大きくもって考えなければいけないと感じました。

社会があってネットがあってコミュニティサイトがあるという全体像の中で、運営者のこともユーザーのこともサイトの位置づけも考えていく必要があるのだろうと思います。

—そういうことを考えを見るって機会が少ないですよね。どうすれば可能なんだろうと思うんですけれど。

とにかく、人と向き合うということでしょうね。ユーザーと運営者の関係では、ネット上でどういう動きをしているかというのはログを見ればある程度わかるんですが、使っている人達が実際にどういう人たちなのかという事はネット上での振る舞いだけでは不十分で、もっと深くもっと深く理解しようとしていくしかないでしょう。

—社会の中でどのように生きているのか、洞察が必要ということですかね?

洞察という言葉だと想像する感じですが、実際につきあっていくことで体感的に分かる部分も大きいですね。私個人は5000人規模のネットコミュニティの運営者だったことがあるんですが、それくらいの規模でも、とにかくいろんな人がいましたね。そしてべたべたにつきあっていく中で、こういう機能を作ったら文句を言われるだろうとか、こういう問い合わせをしてくる人は大体こういうリテラシーでこういう事を困っているんだろうとか、経験的に分かるようになりました。地域SNSの運営者たちも、ネットのことをやっていたつもりが、その背後にある社会のいろいろな仕組みやしがらみや実態に直面しながら経験を積んでいます。

—対ユーザー対応、カスタマーサポートしている人は見ていて分かっているわけなんですけれどもそこが吸い上げられていないと。

大きなサイトはユーザーとしての経験しかないので実感を持って語りにくいのですが、監視している人たちはユーザーの事をもっとも知っているわけで、そこからの情報がサイトの運営側まできちんと届けば、運営の改善には役立つだろうとは思います。何千万人という会員規模になると難しいことかもしれませんが。

あとは、人のつながりをソーシャルグラフという形で図に描くと、特徴をもったクラスターが見えてきたりするので、そういうことをカギにユーザーの理解を深められるでしょう。そういうことがしやすいのもネットコミュニティの良いところです。

—コミュニティサイトのあるべき姿とはどういったものでしょうか?

掲示板が出てきてブログが出てきてmixi、Twitterが出てきて...というように、その時々で人が集まる場所は激しく変わっていくでしょうが、人間は社会的存在なので、道具があればコミュニケーションをするし群れを作っていきます。だから、それぞれのコミュニティサイトを個別の問題として捉えるのと同時に、コミュニティサイトというものはずっとあるものだという前提で問題を小さくすることを考えていく方がいいと思います。単に規制するだけであれば、次に場が移るだけで、実際になくならないですよね。ですからコミュニティサイトをより大きな視点でとらえて、どうすれば問題をなるべく小さくしながら、より安定的に続いていけるのか、ということを考えていかなければならない。そうすると短期的に禁止したりルールで縛ったりするだけはしょうがないし、ユーザーと一緒に問題に向き合わないといけないし、実際の学校や社会との関係も考えていかなければいけません。

コミュニティの運営者も参加者もできれば一緒に問題に向き合って、自分たちでルールを作っていくことも大事です。当事者たちと関係のないところでルール作って押し付けても多分、現実に合わないし、腑に落ちないというか内面化しないでしょう。

—自分たちっていのはサイト運営者、ユーザーさんも両方含まれるんですよね?両方で考えるのは難しいですね。

例えば、はてなはユーザーとコミュニケーションとりながらルール作りをしていましたよね。コミュニティが大きくなると、あの感覚を保つのが難しいとは思いますが、実際に挑戦した例はあるといえます。

—コミュニティサイトのあるべき姿とはどういったものでしょうか?

掲示板が出てきてブログが出てきてmixi、Twitterが出てきて...というように、その時々で人が集まる場所は激しく変わっていくでしょうが、人間は社会的存在なので、道具があればコミュニケーションをするし群れを作っていきます。だから、それぞれのコミュニティサイトを個別の問題として捉えるのと同時に、コミュニティサイトというものはずっとあるものだという前提で問題を小さくすることを考えていく方がいいと思います。単に規制するだけであれば、次に場が移るだけで、実際になくならないですよね。ですからコミュニティサイトをより大きな視点でとらえて、どうすれば問題をなるべく小さくしながら、より安定的に続いていけるのか、ということを考えていかなければならない。そうすると短期的に禁止したりルールで縛ったりするだけはしょうがないし、ユーザーと一緒に問題に向き合わないといけないし、実際の学校や社会との関係も考えていかなければいけません。

コミュニティの運営者も参加者もできれば一緒に問題に向き合って、自分たちでルールを作っていくことも大事です。当事者たちと関係のないところでルール作って押し付けても多分、現実に合わないし、腑に落ちないというか内面化しないでしょう。

—自分たちっていうのはサイト運営者、ユーザーさんも両方含まれるんですよね?両方で考えるのは難しいですね。

例えば、はてなはユーザーとコミュニケーションとりながらルール作りをしていましたよね。コミュニティが大きくなると、あの感覚を保つのが難しいとは思いますが、実際に挑戦した例はあるといえます。

—カスタマーサポート体制では女性、特におばさん的な人が必要だとお話したことがあります。運営者側というかシステム系の人たちはユーザーと話すのは不得意なんですね。人間関係がプロフェッショナルな人でかつそういうスキルを持っていることが大事ですよね。

そうですね。おばさんは確かに僕が見てきた地域コミュ二ティでも大変強力です。実は地域SNSって一般的なSNSよりも年齢層が高いんです。平均の年齢層が40歳で、アクティブユーザーに注目すると、40歳よりも上の人たちが多いです。

おばさんとは何か、おばさん的コミュニケーションとは何かということを考えてみましょうか。まず基本的には抱擁力があって、時々おせっかいなんですね。またいざという時には建前を横において、臨機応変に迅速に動くんですね。結構、おばさん的コミュニケ-ションを考えると良い答えが見つかるかもしれません。

地域SNSでは、サイトを作る人は男性、おじさんが多いんです。そして運営体制を組織化し、役割やルールを作ることに力を割いてしまって、実際にイベントをやろうとすると柔軟な対応ができなかったりする。そうなると、おばさんたちが中心になるんですよね。コミュニケーションを円滑にして場をうまくまわしていく力がおばさん的コミュニケーションにはあるんでしょう。ここはもっと噛み砕いて研究してみる価値がありそうですね。

—女性のほうがネットワークとかコミュニケーションが得意なイメージがあるんですね。基盤は男性が作ってその上で女性がという事なんですかね?

女性ならみんなそうか、という訳ではないでしょうが、ある種のコミュニケーション力や実行力があるということなんでしょう。ルールをあまり抽象的形式的に捉えていくと軋轢はあるわけですが、現実に向き合いながら個別具体的に柔軟な対応をして、傷つけないというコミュニケーションがとれる、というイメージですね。まあ、私自身もおばさん的かもしれません(笑)。

—多分、そういう能力の持ち主が適任だと思うんですけれどね。もともとネットって男性の世界のような気がしていて、だんだん女性が入ってきて、その両者のバランスが取れれば良いのかなと思うんですね。

はい。ただ、日本と欧州のコミュニティサイトを比較した研究によると、日本のものは目的志向が薄いというか、全人格的に付き合える関係を作ろうというムラ志向が強いそうです。一方で合理的に割り切って目的に特化していくことは少ない。社内SNSを入れても、機能的に使うのではなく、コミュニティを作ってべたべたでつきあうという感じになる。そこでうまく仕切れるのがおばさん的才能だとは思いますが、一方で機能的な付き合いをする、そういうコミュニティを作っていく、という面も日本社会にはいるんだろうなと思います。

—他にメッセージとかはありますか?

繰り返しになりますけれど、コミュニティのあり方について考えるのは、メンバーそれぞれが社会の中でどう人間関係を作っていくのか考えることでもある。だとすると年寄りや子どもを排除したり規制したりするだけでは問題の本質にはたどりつけない。ネットコミュニティに伴って出てくる問題は白紙にしていくことが出来ない類のものが多いわけですから、そういうものだとしてうまくつきあっていくという姿勢が重要ですね。

—生まれてきたものを否定しても仕方がないですよね。

はい、生み出したのは私たちですから。実際の地域社会では、自発的にコミュニティが出来ても、リーダーがずっと王さまとして君臨し続けていると、活動はいずれ停滞します。地域でお祭りをやってもリーダーは毎年、変えていきますよね。つまり社会を運営し続けていくためには人を育てなければいけないし、リーダーを変えていかなければならないといった知恵があるわけです。こういう知恵が、実際の社会にはいっぱいあると思うんですね。そういうものを学びながらネットコミュニティの運営や、ネットとリアル双方の運営に生かしていくことができるだろう、と思いますね。

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