■ネット上の”自律史”を振り返る
 インターネット上の表現内容について、法制化する動きが強まっている。これまでの自主的な対策が不十分であり、法律を作れば健全な世界が構築できるという主張かと思われるが、果たしてそうなのだろうか。
 インターネット黎明期と比べれば、トラブルの種類が増え、人の考え方も大きく変化している。その時々の情勢を考えれば、取りうる最善の策は講じられてきたのではないだろうか。
 今、改めてインターネットの自律史を振り返り、個々の時代にどのような事件が起き、どのような風潮でどのような解決方法が取られたのか、その対策に問題はなかったのかを確認してみたい。また、一旦振り返ることで、今後対策の必要がある課題を乗り越えるヒントが導きだせればと思っている。

 勝手な分類で恐縮だが、便宜上下記に分けることにする。

 ・パソコン通信時代(1980年代後半~1997年頃)
 ・インターネット黎明期(1995年頃~1999年)
 ・ブロードバンド時代到来(2000年~2004年)
 ・コミュニティサイト発展期(2005年~2009年)

 インターネット黎明期を振り返る上で、パソコン通信時代はどのように対策が講じられていたのかを把握する必要がある。そこで、パソコン通信時代からの流れで検証してみたい。

■パソコン通信の仕組みと環境

 パソコン通信は、現在のインターネットと異なり、運営者(運営会社)間の横の繋がりがなく、個々の運営者が設置したホストコンピュータに接続した者同士で、文字による交流ができる仕組みだった。
 パソコン通信時代の後半でこそ、自動で接続するソフトが存在したので、技術的に明るくない者でも簡単に利用することができたが、パソコン通信が一般に利用され始めた1980年代後半においては、技術的な知識を持っていないと接続が易しくない状況にあり、独特の文化が醸成されていった。
 パソコン通信の世界は、運営者が直接管理するコンテンツ以外に、テーマ毎に掲示板群やチャットなどが設置され、利用者が交流できる形となっていた。一言で説明するとすれば、サークルという表現が近いのかもしれない。「テーマ毎にの掲示板群やチャットなど」をパソコン通信大手のニフティサーブでは「フォーラム」、PC-VANでは「SIG(シグ)」と呼んでいた。テーマ毎に管理者(ニフティサーブは「シスオペ」、PC-VANは「シグオペ」)が置かれ、管理者の考えでそれぞれの管理がなされていた。
 「フォーラム」や「SIG(シグ)」のジャンルには、政治経済といった真面目なテーマや、スポーツ、ホビーなどの趣味のテーマもあり、利用者が好む「フォーラム」や「SIG(シグ)」に入り、掲示板やチャットなどで交流することができた。


■パソコン通信時代の背景
 パソコン通信は、今振り返れば当時としては画期的なサービスだった。実際に会ったことがない人と交流し、深い議論を交わすなど、それまでにはなかった場が提供されたからだ。
 新しい場ができれば、これまでの常識が通用しないこともある。人と会い、面と向かって意見を交換すれば、交わす言葉だけでない空気感も共有できるから、言葉単体では不足する発言者の意図が汲み取りやすい。一方で、パソコン通信から始まったデータ通信上の意見交換では文字だけのやりとりとなり、意図する内容を正確に伝えることや受け取ることは大変難しくなった。同じ文字列でも読む人によっては異なる捉え方をするケースもあるから、発言者においてもより慎重な発言が必要となった。
 人は十人十色の意見を持っているから、自分の意見を押しつけるだけではなく、他者の意見を尊重し慎重に交流や議論を重ねなければならない。特に顔を合わせずに文字だけで交流すれば、意図しない意味に取られ不愉快な思いを与えることもあっただろう。交流が深くなればなるほど、議論が深まれば深まるほど、白熱しすぎることが原因となったトラブルが発生した。
 現在ネット上で多く発生している「匿名を隠れ蓑にしたトラブル」は、それほど多くなかった。なぜなら、当事者同士での連絡が容易だったからだ。パソコン通信では、書き込みをしたIDが明記されていたため、そのID宛てにメッセージを送ることが可能だった。また現在と異なり、ある程度交流があった集まりの中では、住所氏名などを普通に交換していた。思い返してみれば、私の子どもの頃は学校の名簿が配られ、全員の名前、住所、電話番号、親の職業まで書いてあったわけで、この当時大学生だった私の大学でもクラス名簿が配られていた。住所を他人に教えることに抵抗が少ない時代でもあった。
 子どもの利用者数について詳しくは分からないが、子ども単独での利用は多くはなかったと推定される。なぜなら、パソコン通信に係る費用が子どもにとっては少額ではなかったからだ。パソコン通信を利用するには、電話会社への通話料金とパソコン通信運営会社への利用料金を支払う必要があり、通話料金は市内にアクセスポイントがあるケースで3分10円、パソコン通信の利用料金が1分10円程度の料金になっていた。アクセスポイントも限られていたから、例えば通話料金が40秒10円というようなケースも少なくなかったであろう。仮に1時間使えば、最低でも800円かかる計算になる。その上、郵送での申し込み時には銀行口座やクレジットカードの入力、押印が必要であったため、親の承諾なしに申し込みをするのは困難だった。慣れてくれば、ソフトを利用して新規の書き込みだけ取得し、オフラインで読むこと(パソコンにダウンロードした書き込みのデータを通信切断後に読むこと)も可能なのだが、そこまで慣れるのに相応の費用は要したと推察される。親がパソコン通信を使っていた家庭であれば、子どもが使うことも可能であっただろうが、電話料金が1万円以上かかることもザラではなかったことや、当時の電話料金に対する感覚(現在の携帯電話のように万単位で支払うことが普通ではなかった時代)には高額に映ったことから、子どもが利用できたとしても、家庭内で利用時間が制限されていたと推察される。

次号に続く

(株式会社ライブドア メディア事業部 マネージャー カスタマーサポートセンター長 高橋誠)