■(2)セキュアベースとインターネット

「セキュアベース」とは、発達心理学の概念で“安全基地”という意味です。
基地は子どもがいつでも帰って来られる場所、安心できる場所として機能します。そして自発性を尊重し、何をやれなどの過干渉はしない。しかし危険なことにはストップをかけ、こう考えたら? といったガイダンスがある。

提唱したのはジョン・ボルヴィ(John Bowlby,1907-1990)というイギリスの心理学者。子どもたちはこうした基地があるからこそ外の世界で冒険し、発達・成長できるという考え方です。子どもにとって、いつでも甘えられる母親や家族、家の存在もこれに当てはまりますね。

では、この考え方をインターネットの世界に当てはめるとどうでしょう。子どもたちをネットから守るために提唱されている施策の数々は、安心でき、かつ成長を促すセキュアベースになり得ているでしょうか。

携帯電話のフィルタリングから検証していきましょう。
フィルタリングには、ホワイトリストとブラックリスト※ の方式がありますが、インターネットの世界には新しいものがどんどん出てくる。そのためブラックリストでセキュアベースを構築するには設定が間に合わない可能性がある。その点、ホワイトリストで、ちょっと大変ですが子どもたちが自由に探究できるぐらいの幅広さがあれば、基地的役割を機能できると思います。

(※ホワイトリスト=見てもいいページのみを登録し、それ以外のページにはアクセスできないようにするフィルタリングの方式。その逆に、見せたくないページをリストアップし、アクセス制限をかけるのがブラックリスト方式)

しかし、ホワイトリストも万全の実効力があるかどうかは疑問が残ります。ケータイ・ネットをホワイトリストで制限しても、ネットカフェや家のPCなどインターネットにはいろんな入口があります。そこでユーザーの年齢を一義的に認証し、制限をかけるというのは非常に難しいことです。

条例などによる規制も同じです。子どもたちのケータイの所持を禁止しても、インターネットの入り口は無数にある。そもそも100パーセント所持禁止の規制では、子どもたちの情報に対するスキル、モラルすら育たなくなってしまう。

また、子どもの発達に伴って、どの段階で自由にインターネットを使わせるのが好ましいかはもっと議論すべきだと思います。18歳、20歳からというのは、年齢設定が高すぎますよね。案外、そこら辺の議論がし尽くされていない。さまざまな観点からのアプローチが必要だと思います。

オープン化がどんどん進むインターネットの世界では、公的機関が「これをやってはいけない」と規制をするには限界があると思います。誰だって小さいころは大人の世界を知りたくて、親や先生の目をかいくぐって大人向けの本や雑誌を見たりしたじゃないですか。僕も修学旅行先で先生に見つからないよう、同級生とこっそり深夜番組を見た覚えがあります。でも、今考えるとそれも発達段階の一つですよね。子どもが親の目を盗んで有害サイトを見ることをゼロにするのは実質不可能だし、それは、どこからも誰からもアクセスできるというインターネットの特性を否定することになる。

では、子どもたちのセキュアベースはどこに設定すべきか。僕は、ネットの中の仕組みや法律ではなく、子どもたちの内なる部分に触れる場所――つまり、家庭や学校といった教育環境の中で育むべきではないかと思うのです。

次号に続く

(鎌田真樹子 株式会社魔法のiらんど 安心安全インターネット向上推進室 室長)