■(3)メディア過渡期の中で
茂木:サイトの閲覧だけでなく、子どもたちのインターネットでのコミュニケーションを禁止することについての議論も、僕はナンセンスだと思います。
いくら子どもたちにネットコミュニケーションを禁止しても、インターネットにアクセスできる環境があれば、勝手にGmailなどのアカウントを作れてしまう。そこに年齢の認証はないわけですよね。また、国民一人一人がネット上のTaspo(タスポ)を作るというのもやりすぎだと思います。
たとえばアメリカのように「学校でナイフを持ってきてはいけません」という校則を作っても、生徒にナイフを持たせないようにするのは非常に難しい。世の中のナイフすべてに番号をつけて、コンピュータ管理させることになる。まるで、映画のような世界ですよね。それよりも、ナイフの正しい使い方を伝え、ナイフが必要でない社会を構築するほうがはるかに安全です。同じように、インターネットも正しい使い方を教えていくのが“安心”への近道ではないでしょうか。
僕は技術論や法律論、自主規制論と、「子どもとインターネットの関わり方はどうあるべきか」という教育哲学は切り離して考えるべきだと思うんです。規制や技術などで縛る前に、子どもを持つ親や教育者が、子どもとインターネットの関係はどうあるべきという考え方をしっかり持つべきだと。その考え方こそが、子どもたちを守る何よりの“安全基地”になると思います。
もうひとつ、今はさまざまな事象が過渡期であることを忘れてはいけません。
インターネットとの関わり方が、技術的にも社会との関係においてもいまだ成熟していない段階にあるのです。
たとえば、紙の新聞はどうなるのかということがありますよね。僕の学生にも新聞を読まない、地上波のテレビを見ない層が出てきています。テレビも見るとしたらケータイの動画で、そもそも彼らはテレビ受像機を持っていない。
特にデジタルネイティブ的な層はそういう傾向が高くなる。こういう層は今後増えていくと思います。
新聞を読まないことについては別の議論もあると思いますが、僕は、メディアの変化によって新しい世代の世界観や物の見方が変わってくることが問題になるのではと思っています。
先ほど挙げた新聞を例にお話をしましょう。まず、一般的な新聞の整理部の見出しの付け方には、ニュースバリューの判断があります。国の政治のニュースが一面に来ても、アイドルが大学の入学式に来たことがトップに来ることはない。
でも、インターネット上のニュースサイトだと、アクセス数を稼ぐためにトピックは芸能ネタ中心になっていますね。ニュースバリューの判断が伝統的なものとは大きく異なっているわけです。すると、ニュースの受け手の価値観もトピックスの上位に来る事柄が重要ととらえるようになってくる。社会の中の事象の重要度まで変わってくるわけです。芸能ネタが良い悪いではなく、選ぶメディアによって価値観が異なってくるということを我々はもっと意識すべきですし、今後大きな問題につながっていくのではと思います。
僕は、基本的にデジタルネイティブと呼ばれる層や、インターネットを使いこなして新しい世界を作るということには賛成の立場です。しかし、過渡期である今、さまざまな問題点が噴出しつつある。それは、きちんととらえなくてはならない。
その問題点をどう議論し、克服していくかということはやはり大人の側の責任だと思うのです。そして、それは工夫しながらポジティブに克服していけばいい。でも、それには技術や規制だけでなく、学術的面からも含めた多彩な議論がなされる段階ではないかと感じています。インターネットは、子どもたちの未来につながる財産であり、今はその基礎を築く大切な時期だと思います。
(次号へ続く)
(鎌田真樹子 株式会社魔法のiらんど 安心安全インターネット向上推進室 室長)

