コミュニティサイトのあるべき姿 千葉大学教授 藤川大祐氏インタビュー2
■(2)教育について
- 子ども達のインターネットの利活用が、どんどんと進み、Twitter、iPhoneを利用している子ども達もいます。一方で、最近、中学生の携帯電話保有率が全体的に低くなったとも感じており、少し前の時期からすると利用実態が変わってきているのかなと思っています。今後、電子教科書などICTの環境もどんどん進化する状況の中で、教育を含め、どういうビジョンで、大人たちは子どもに接していけば良いとお考えですか?
これは、なかなか深刻な話だと思っています。今までの教育というのは、教科書に書いていることを素直に教えるということをやっていたんですね。教科書に書いてあることは丸呑みせよ、先生の言うことを聞きなさい、そういう教育が基本でした。批判的思考というか、異質な者とのコミュニケーションを避けてきたわけですよ。子どもが質問ばかりしてきたら授業にならないという先生もいるわけですから。既に時代がそういった教育を求めなくなり、社会の要請と学校文化にギャップが出てきたというのが根本的な問題だと思いますね。
ネット社会は、異質な他者とのコミュニケーションをしなくてはいけない社会ですし、批判的に情報を読み解かなければいけない世界ですよね。つまり、学校教育の弱点だったところを子どもたちは身につけなければ、社会の中で生きていけないわけで、この乖離はすごく大きく、簡単には埋まらないと思います。つまり、学校がこの問題にどこまで対処できるかというと、結局、対応は最後になると思います。学校というものは変わりにくいものです。私たちは、それを変えたいということでメディアリテラシー教育を始め、批判的思考を培うものとかコミュニケーションの教育の教材とかプログラムを作っているんですけど、まだまだ主流は批判精神を持たないでほしいという学校文化だと思うんですよ。この壁は厚いでしょうね。
- 3、5年後、この状況はどのように変化していくと思われますか?
あまり変わらないと思います。電子教科書などが出てきたとしても、当面、紙の方が使い勝手が良いですし。教材がビジュアルになったり、ノートが電子的なデバイスになったとしても、学校現場でコミュニティサイトのようなコミュニケーションが起こるかと言えばそうはならない。
電子的なものを使うとしても、それで幅広くコミュニケーションさせるのかというと、それはないと思うし、要するに、今のところは、紙だったものがデジタル画面になっていくだけの変化のような気がするんですよ。
- 双方向性はないということですか?
ないんじゃないですかね。ニンテンドーDSのソフトが教材になっているようなものをベネッセさんが、出していますけど、ああいうものが、より、大画面でタッチパネルに直感的なものになる程度だと想像しているんですけど。
- 電子教科書が話題となり、私の感覚だと紙からデジタルへと変わる、今、そういった時代の変化を背景に、情報リテラシー教育、電子機器を利用しながら教育していく方向性にならないといけないと感じていらっしゃる先生方は増えてきたような気がしているのですが。
変わってはいくでしょうけど...、学校は保守的ですから。社会が、だいぶ変化してから、変わるんですよね。学校が社会に先んじて変わってくことは考えにくいです。変化を学校が牽引する必要はないと思いますし、社会全体の変化が起こってからで良いとは思います。
- 文科省の熟議カケアイについて、鈴木寛副大臣にもインタビューさせていただきましたが、文科省が新しい取り組みを推進していくことによって、ずいぶん雰囲気が変わったと感じ、情報教育についての期待を持てたような気がします。
期待はしたいですがね。視聴覚教育とか情報教育とか、ずっと言ってきているわけで電子黒板、デジタルテレビは、かなり学校に普及しているけれども、ろくな使われ方していないと思いますね。紙で良いじゃないかという感じがまだある。それで良いんだと思います。子どもが、本を読むのに電子書籍である必要はないと思うんです。情報機器をコミュニケーションのためには使わないと思うし、コミュニケーションが課題なら話し合いをするべきなんです。コミュニケーションを取る時にメディアはあんまり要らないんです。
学校内でのコミュニケーションの取り方については、「学び合い」という取り組みをしている人達に聞くのはいいかもしれません。上越教育大学の西川純先生が推進しているものです。1学級35~40人の多様な人がいる学級を想定して、ある課題を出して、その時間の中で全員が理解するように学び合うという授業をやっている。この形式の授業を一回だけやっただけでは、うまくいかないわけですけど、繰り返し行っていく中でお互いの違いを理解しながら全員で問題解決していく方法です。
一つの方向として、こういう方向でないと教育は変わらないんじゃないかと思います。まだ、学び合いの手法については理解されていない部分もありますが、私個人は注目しています。
つまり、教育を変えるのは、メディアではない考え方だと思います。今は、一人ひとりが知識を吸収していく方法を取っていますが、そうではなく、集団の中で影響しあい、自分だけではなく、時には利他的にもふるまい、支えあっていきながら、集団の力を高めていくという教育モデルに変えることが重要なのです。そうなれば電子機器は生きてくる。みんなが情報を共有するのに電子機器を使って、情報の送受信、歴史的事象や人物について検索したり、遠隔地の人とつながってみようなどそういうことができてくる。個人で使う分にはあまり面白くないのではと思います。
- ネット上の成熟したコミュニケーションが教育に生かされる手前の時代ですかね?
教育観が変わるのと電子技術が発達するというのは同時並行かもしれない、順番は分からないですけど、教育観が先に変わるのかもしれないですしね。
- まだ、本格的に電子機器が使われる過渡期ということですか?
過渡期にも入っていないんじゃないですか(笑)。教員養成をしていると、厳しいなと思いますよ。教育を学ぼうという学生たちが、学び方について興味もなければ、電子機器にも興味がないんですよ。そもそも教員になろうとしている学生は、これまでの学校の体制、文化が好きだから教育学部にいるわけで。保守的なんです。これまでの学校が嫌いだっていう人がたくさん教育学部へ入学し、教員になれば変わるかもしれません。文科省も変化し、電子機器も進化してきているので、どこかで、一気に変化の波が押し寄せるかもしれない。
うちの研究室は、ものすごくネットを使っており、教育学部の中では完全に浮いている状態ですね。Twitter率は日本の教育学部の中で一番だと思いますよ。
次号に続く
(鎌田真樹子 株式会社魔法のiらんど 安心安全インターネット向上推進室 室長)

